戦車と重砲と航空支援

 二百三高地のあたりの旅順要塞を落としたのは、重砲だった。日露戦争を見た海外の武官が報告したのは、「要塞を攻略するには、重砲か坑道爆破しかない」「鉄条網と機銃の組み合わせに歩兵は勝てない」ということ。当時は、現実に合わせて戦術を変更する能力があった。
 それがこうなった原因は(以下略

 第一次大戦においてヨーロッパの各戦線は、塹壕戦により膠着状態に陥った。これを打破したのが戦車である。対人火器をものともせず、鉄条網や塹壕を踏み越えて前進し、歩兵の突入路を確保するのが戦車の最初の役割だった。
 しかし歩兵戦車にも天敵が登場した。対戦車兵器としての戦車である。歩兵とともに歩むために頑丈で鈍足だった歩兵戦車に比べ、より高速での移動が可能な戦車が駆逐戦車などとして投入。第二次大戦では戦車対戦車の戦闘が次第に一般化してきたのである。
 その頃日本の戦車は……歩兵戦車ばかりだった。急いでM4戦車に対抗できる戦車を作ったけど、ついにアメリカ戦車と砲火を交える事はなかったそうな。
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